Lovely Heart


寒い日だった。特に朝はひどい。

行き交う人々は皆、背を丸め、有るか無いかの防御に徹する。

だが、冬の冷気は容赦なく肺の最深部まで潜入し、その息を白く染めた。明日の朝も厳しい戦いを強いられるだろうか。

ふとベッドの中から、夜のとばりに目を向け考える。

静かな夜。あらゆる生命がそっと息を潜めるかのような、静寂が闇という衣をまとって支配する世界。

ひょっとしたら、降り始めたかもしれない。音もなく降り注ぐ結晶は、朝になれば溜息と共に人々に迎えられるだろう。

俺は、一つ身震いをした。こんな夜は、人肌の温もりが恋しくなる。とはいえ、妹を連れ込むほど落ちぶれちゃいねぇ。

そういや、フリーになって久しいな。

「ごぶさた、だな……」

「え? 何?」

と、同じ毛布の中で可憐の声がした。既に居るし……というより、俺が現実逃避をしてたんだがな。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

数センチも離れない位置で、横になる可憐が首を傾げる。器用な奴だ。ていうか、この状況で可愛らしい仕種はやめてくれ。

「何でもねぇよ」

「そう……」

だーっ、こらっ!! 寂しそうに俯くなっ!!

「やっぱり、可憐はお邪魔さま……だったのかな……ごめんなさい、可憐、自分の部屋に……」

「ばか、いちいち邪魔だなんて考えてたら、俺は我が身を消さねばならんわっ」

「なら、可憐も一緒に消えるっ」

って、引き留めてどうするよ? 俺? 今、さりげなく追い出す絶好のチャンスだったんじゃねぇのか?

ったく……何故、可憐が俺のベッドにいるのか軽く説明しよう。

明日のピアノのコンクールを前に、緊張して眠れないとか言い、潜り込んできやがった。(1秒)

おぉっ!? この説明にたったの1秒だぞ、1秒? ………………いや、どうでもいいんだがな。俺は不機嫌そうなフリをして、可憐に背を向けた。

「居てもいいが、早く寝ろよ」

「……うん……」

またも寂しそうな返事。ちょっと冷たくし過ぎたかな……?

いかん、いかん。ここで優しい言葉なんぞかけてみろ? これから先、毎晩が拷問みたいになるぞ。

いや、絶えられるならまだいい。ていうか、絶えろっ、俺!!

どんなに可愛くても、相手は妹なんだぞっ!! そうだっ!! 妹だと思うからダメなんだ。弟だと思えばいいじゃないか。ナイス、俺。

……(想像中)

……(さらに、想像中)

ふぅ。衛だったらよかったのにな。

などと、妙な葛藤に内心身悶えしていると、背中に柔らかい物体が押しつけられた。

こ、これはもしや!?

「お兄ちゃんの匂い……」

て、何だ、ほっぺたかよ。脅かすな。

「可憐?」

「……お兄ちゃん」

「お願いだから、変態みたいな行動はよしなさい?」

背後で可憐が息を飲むのがわかった。

「もうっ、知らない!!」

そっぽを向く気配。きっと、頬を膨らましている事だろう。……まさか、泣いちゃいまいな? 

だが、これでいいんだ。少しでも、今は距離がほしい。

「お兄ちゃんの匂い……可憐、優しい気持ちになれて落ち着くのに……」

て、抗議してるし。ったく、こいつは普段は素直なんだが、妙な所だけは譲らねぇ。

しかも、決まって俺がらみときている。ここは一つ、知らしめてやる必要があるな。よしっ。

「あのなぁ、おまえがやってる事ってな……」

「え!?」

「こういう事なんだゾっ!!」

可憐が振り向くより早く、彼女の背中を抱きしめた。絹糸の様な海に顔を埋める。

お?可憐の匂いだ。ていうか、や、柔らけぇ……。細い肩と腕。鼻孔に囁くような甘い香り。

ゴクっ、と思わず喉が鳴る。その音に正気に戻った。

「い、いや、これはだな……そう、おまえがやってる事がどれだけ非常識かを検証する上で、重要かつインモラルな、では無くて、何だ、その……」

「いいよ……」

「では遠慮なく……じゃなくて、な、何ですと!?」

「可憐……お兄ちゃんだったら……ううん、お兄ちゃん以外の人とだなんてイヤだな……」

「おまえ……そこまで……」(←感動している)

「うん、お兄ちゃんにだったら、可憐、匂いを嗅がれても平気」

「匂いですかいっ!?」

可憐? それは、ひょっとして生殺しと言わんか?

「おまえ、実は怒ってる?」

「そんな事はないよ、お兄ちゃん。でもね……可憐、ちょっぴり傷ついたんだよ?」

何!? 俺は知らないうちに妹を傷物にしてしまったのか!?

「…………お兄ちゃん? 今、変な事、考えなかった?」

「はっはっは、気のせいだ。おまえのお兄ちゃんは、これっぽちもやましい事はないぞ」

「ホントかなぁ」

「フっ、信用しないというのなら、いたしかたあるまい。こうしてくれるわ!!」

「きゃっ、お兄ちゃん!?」

可憐を抱きしめる腕に力を込める。

「どうだ、まいったか?」

「あ……お、お兄ちゃん……き、きついよぉ……んん……」

「って、誤解を招くような事言うなよ。してるのは俺だが。あいや、この後どうする気だ、俺?」

「え? 決めてないの?」

「考えがあっての行動だと思うか?」

「じゃぁ、可憐が決めてもいい?」

「いまいち趣旨が掴めんが、打開策があるなら了承しよう」

「じゃぁね……可憐……お兄ちゃんに……き……き……」

「何!? キングザウルス三世!? これまた会話の流れが見えん注文だな?」

「…………お兄ちゃん、可憐の事…………嫌い?」

「嫌いな訳無いだろ?」

「ホント?」

「あぁ、本当だ。その証拠に、ほらっ!!」

首筋にキスをする。この行為の、一体どこが証拠なんだろう。っていうか、もはやダメ兄貴街道をパレード中ですか? 俺?

「きゃんっ」

可憐がたまらず身をよじった。天上に住まう神が居るなら、これはきっと天罰なのだろう。たまたま振り上げた可憐の左腕。はい、肘が顔面にメリ込みました。

「ぬおわっ!?」

「きゃっ!? ご、ごめんなさいっ、お兄ちゃん、大丈夫!?」

「安心しろ、可憐。お兄ちゃんは不死身だゾ」

とは言ったものの、思わず鼻血がたらり、だぜ。

「というより、止まらん!?」

「ふぇ〜ん、可憐のせいで、お兄ちゃんが死んじゃうよぉ……」

「いや、死なんて。そ、それより、ティッシュ、ティッシュ」

「ぐす…………わーんっ、どこにあるのかわからないよぉ!!」

「だから泣くなよっ!! たしかこの辺に……のわっ!?」

暗闇の中でボックスからティッシュを掴み取ろうとした時だ。無理な体勢で腕を伸ばしたのがいけなかったんだろうな。ベッドから転げ落ちた。

「わーんっ、お兄ちゃんが逝っちゃったよぉ……」

こらこら、勝手に召さらせるなっ!!

「ほら、大丈夫だから」

と言いベッドへよじ登る。

「お姫様を悲しませないためにも、俺はどこにも逝かんぞ」

というよりも、簡単に逝ってたまるか。

「うん……ごめんなさい、お兄ちゃん……そうだよね、お兄ちゃんは王子様なんだから、ずっと可憐の側で可憐を見ていてくれるよね……?」

「それは、ある意味ストーカーに近いが……」

「もうっ、ちゃかさないでよぉ」

「はは、失礼を致しました、お姫様」

「しょうがない王子様ですね……でも、可憐にとっては、世界で一番の王子様です」

鼻にティッシュを詰めた王子様がか? おっと、声に出したらまた機嫌を損ねかねん。

「それより、俺の方こそ悪かったな。つい、調子にのっちまった」

「ううん……可憐の方こそ……嫌な子だよね……すねて見せて、お兄ちゃんの気をひこうとして……」

「カワイイ妹のやる事だからいいよ」

「カワイイ……?」

「あぁ、そうだよ」

「可憐が?」

「あぁ」

「妹だから?」

「あぁ」

「……じゃぁ、咲耶ちゃんも?」

「あぁ」

「千影ちゃんも?」

「あぁ」

「雛子ちゃんも?」

「あぁ」

「…………やっぱりお兄ちゃん、嫌い」

「ぎゃふん」

ぷいっ、と再びそっぽを向く その背が小さく見える。

「じゃぁ、可憐が一番だ」

「そんなのダメだよっ!! みんな同じくらいお兄ちゃんが好きなんだからっ!!」

「可憐はそういう子だもんな」

「………………知らない」

会話が途切れてしまった。いかん、からかい過ぎたか。

ま、無理に御機嫌をとるのもバカにしてるし、後でちゃんと謝るか。今日は、このまま眠るが吉だろう。

しばらくして……

「ねぇ……お兄ちゃん……」

「ん? 眠れないのか?」

「ううん……違うの……」

「どうした?」

「……違うの……」

「?」

「さっき言った嫌いっていうの……」

「あぁ、それか。大丈夫、わかってるよ」

「…………やっぱり、お兄ちゃん、わかってないよぉ……」

「え?」

「う、ううん、何でもありませんっ……おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ、可憐」

こうして俺達は眠りについた。なんだか、長い夜だった。

翌日。

「アニキ〜、朝だよぉ〜、早く起きなよっ!!」

勢い良く開かれるドアの気配に目が覚める。

「ん?鈴凛か? ふぁ〜ぁ、今、何時だよ……? なぁ〜んか、あんまり寝てない気がするぜ……」

「ふ……ふぅん……寝てないんだ……アニキ達……」

「何!?」

鈴凛の語尾が妙なのに気づき飛び起きた。

俺のベッド。隣には可憐。シーツに付着する赤黒い血痕(俺の鼻血だ)。辺りに散乱するティッシュ(鼻血を拭いた時にばらけた分だ)。

ご、誤解だっ!! 何がどう誤解なのかは省くが、いや、省いちゃダメだが、とにかく誤解だっ!!
誤った情報は伝達される前に正さねばなるまいっ!! だが、俺が口を開く前に、

「お兄ちゃん…………可憐、壊れちゃうかと思いました……」

「おまえっ、起きてたのか!?  い、いや、それはふざけてギュっとした時の話だよな!?」

「可憐も、もっとギュっとしてあげたかったな……」

「どこを!? あ、こら鈴凛っ!? 誤解だぞ!? これはその、秘書がやった事というか、何だその……」

「ア、アニキのバカー――――っっっ!!!!!!」

だっ、と部屋を飛び出す鈴凛。

廊下の奥から響く「みんなに言いふらしてやるーーーっ!!」という叫びが胸に痛かった。

可憐、すまん。今日のコンクール、応援には行けそうにもないわ。ていうか、元気な姿の俺は、今が見納めかもしれん。



可憐からの手紙

大好きなお兄ちゃん、お元気ですか?

可憐は、今回、悪い子になってしまいました。本当は、こんな事したくはなかったけど、可憐もやっぱりお兄ちゃんに見ていてほしかった……

それに、他のみんなが、可憐よりもお兄ちゃんに近い所にいる気がして……そう考えたら、お胸がぎゅっとなって……涙が零れそうになって……

だから、だから、可憐……こんな可憐、お兄ちゃんは嫌いですか?

もう、可憐の事、見てもくれなくなっちゃいますか? ……どうしたら、お兄ちゃんは可憐を許してくれますか?

やっぱり、可憐なんて居ない方がいいのかなぁ……

一人で考えていると、怖い考えしか浮かびません。

でも、でも包帯姿のお兄ちゃんが笑いながら、「人間、死線をを越えると、有る意味悟るもんだな」と言った時、可憐は今まで只、お兄ちゃんに甘えていたんだと知りました。

そうだよね……今は考える事より、お兄ちゃんの為に何ができるかの方が大切なんだよね。

お兄ちゃん、心配かけてごめんなさい。もう、大丈夫だから。可憐、頑張ります!!

お兄ちゃんがココロに負った傷は、可憐が体で癒してあげるんだから……きゃっ。


<コメント>
エロいなぁ(笑)普段RPGモノの話書いてる睦向日葵さんには珍しくラブコメものでした。
高橋留美子のようなオチがついた所で一件落着という所でしょうか(ぇー


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