赤い髪


「兄くん……兄くんはどれだけ昔のことを…覚えているかい?」

「そうだなぁ…幼稚園の頃の記憶が一番古いかな…そう言う千影は?」

「私かい………私の記憶は…前世のものまであるよ…」

「前世、ねぇ」

「兄くんは…前世の存在を…信じるかい」

「う〜ん、千影が記憶してるんならあるんじゃないかな、とは思うけど…」

「ふふ…私の前世の記憶には……兄くんも……いるんだよ…」

「へぇ、そうなんだ。良かったらさ、その前世の話を聞かせてくれないかな」

「………」

「?」

「まだ……話す気になれない…」

「え?」

「………悲しいから…」

「え?何って?どうしたら話してくれるの?」

「…私が話すようになるには……兄くんの力も…必要かもしれない…」

「え?それ、どういうこと?おい、ちか……行っちゃったよ。ふぅ」

「…前世……本当は…忘れてしまいたいのに…」

水晶に目を遣る千影…

・・・・・

「忘れて…しまいたいのに……どうして…思い出したくなるんだろう……人の心理と言うの
はつくづく分からないものだ…」

水晶に一滴の雫が落ちたのは気のせいだろうか…



「千影は何が言いたかったんだ…僕の力って何?良く分かんないなぁ」

近頃、自分の千影に対する思いに自覚が芽生えてきたものの、千影の態度はいつものまま。

まるで自分の感情を柳のようにかわされているようにさえ感じてしまうその言動。おまけに謎めいた事を言われては兄としては困るばかり。

しかし一方で、その千影の振る舞いが兄の体内の、吐き出されずにいる思いをますます膨らませているのも事実だった。

あれから数日、千影にはあっていない。

今までこまめに会っていたせいか、それまで足し算だった千影への思いが掛け算になったかのように、その膨張する速度が急に早くなった気がしていた。

「……限界だ…!」

たまりにたまった水は堤防を越えて溢れ出す。そして水圧に耐え切れなくなった堰にはひびが入り、最後には決壊する。

「千影!」

「やあ…兄くん……どうしたんだい・・・兄くん?」

兄にはもう、言葉を巧みに操るような理性は無かった。大量の水をただ素直に解放するだけ

「…僕は、千影が好きだ。千影のことをもっと聞きたいんだ」

「兄……くん…」

「だから話して欲しいんだよ、前世の話」

「………」

「いや…なのか?」

少し千影が押し黙った後、

「…兄くんのその気持ちが……本当なら…見えるはずだよ」

そう言って千影が水晶を見せる。

水晶の中に男と女の姿がある。笑いながら話をしている男女の姿。

それから少しして、突然場面が変わる。男が誰かの家を訪ねる絵が映る



「や、千影!遊びに来たよ」

「あ…あに…く…ごほっ!」

「千影、どうしたんだよその血!?」

赤い床。赤い女の服。赤い女の髪。

「あ…にく、ん…くる……しぃ…うっ………ごほっごほっ…」

「千影!」

「わ…私……死にたく…ない………兄くんと…一緒に…ぐ…ぶっ!」

「………」

「わた…し……兄くんのこと……ごほっ…うっ………はぁはぁ……………あにく……の……こ」

「…千影?……千影!!」

赤い床。赤い男の服。赤い男の頬。

女の近くにペンが転がっていた。しばらくして男がそれに気付く。傍には一枚の、血のにじんだ紙切れ。



だまっててごめんなさい
ほんとは言わなくちゃいけないのに
大切なあなたにいわなかったのは
あなたがわたしのことをかなしい目でみるのがいやだったから
そのままでいてほしかったから
ごめんなさい
今かなわなくても     また   来世



最後の一行は焦って書いたような跡がある。

力尽きる時が数秒後に来るのに気付いたのだろう。

そして最後の"世"の字の一画は大きくずれていた。まだ何か書き足りないことがあったようだった。

「私の……前世の記憶…」

「千影…」

「私の髪が赤いのは…この時の……思いの表れ………結ばれたかった…思いの形…」

「………」

「でも…兄くんが…今の私を愛してくれるなら……」

影の髪が黒に染まる。前世の色に還る

「千影」

「兄くん…」

「………」

「………」

「ずっと、そばにいるから…前世で叶わなかった分も…今…」

「兄くん……あの時言えなかった……言葉を………言わせて…」

「うん…」



コトッ。

千影の持っていた水晶が今床にあるのは、その手が自由に使えないから


<コメント>
初めて見た時、あまりの言葉の使い回しの上手さにビックリし、「こんな考え方もアリなんだな」と納得させられました。
思えばこの頃からですね、「迷水マジック」にハマっていたのは(笑


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