13人目のPrincess
冬休みに入ってから少ししたある朝。
クリスマスも過ぎ、新年を迎えるだけとなった今年の残された時間。珍しく兄が早起きをする。
いつになく寝起きが良かった。外に出てみると空には幕がかかっていた。
霧が辺りを白く包み、街がいつもより神秘を含んでいるかのように見える。ひとつあくびが出る。
目の前に浮かぶ自分の白い息の向こう、道の真中に1つの影を確認する。
人。大きな荷物。女性。だんだん近づいている。女性が目の前に来る。そして立ち止まる。
するとぺこり、と会釈をひとつ。
「おはようございます」
「あ、おはようございます…」
ぺこり、と返す。誰だろう。
にこりと笑う女性。少女と言った方が良いかも知れない。
「始めまして、兄さん」
「は?」
「私、あなたの妹なんですよ」
「うそ?」
「嘘じゃないですよ。13番目の妹、なんてね」
12人の妹の存在を知っている。友人達には正確な数は教えていない。それを知っている事は、即ち身内だと言う証拠になる。
「えっと…名前」
「葵って言います。よろしくお願いします」
もう一度ぺこり、と会釈。ぺこり、と返す。
兄は新しい妹を他の妹達に会わせる事にした。葵と名乗る少女は少し不安がってはいたが、兄は何一つとして患う事は無かった。
妹達が少女を嫌うはずは無い。もちろん、兄の思惑通りに事は進んだ。
どこから来たの?
何が好きなの?趣味は?
好きなスポーツとかある?
お料理は出来ますの?
魔術に……興味など無いかい…?
まずは身長からチェキデス!
半分ほどは誰が言ったのかすぐに分かるような質問だが、12人は1人を受け入れてくれたみたいだった。
「ありがとう兄さん」
「いや、みんな良い子達だから、仲良くしてあげてね」
「うん。みんなはもうずっと兄さんと一緒なんだよね」
「うん。でも春歌と四葉と亞里亞は会ってからまだそんなに経ってないけど。それからはみんな一緒だね」
「そっか…羨ましいな。私ももっと早くに会えてたら良かった」
「時間はまだいっぱい有るから」
「……そうだね。期限があるわけでもないしね」
12月31日
「ふぅ…大晦日だからって気合入れて掃除しようとは思ったけれど、もう挫折しそうだ」
来年まで24時間をきった。兄は大掃除を始めたものの、進み具合が悪く四苦八苦していた。
「アニキ〜玄関開いてたから入っちゃいました」
「兄さん、こんにちは」
「鈴凛、葵!何しにきたんだ?」
「あ、もしかして大掃除してた?」
「ああ」
「やっぱり!そうかと思って鈴凛ちゃんと葵ちゃん、お手伝いに来てあげちゃいました〜。って言っても葵ちゃんに誘われてなかったら来てないけど…さ、アニキ、協力させてもらっちゃうよ」
「………鈴凛は遠慮しとく」
「ええ!何で〜!?『鈴凛"は"』ってどう言う事よ!」
「報酬取られるから」
「うう…分かっちゃう?」
「分かっちゃうな」
「…じゃあ、何も欲しがったりしないから、手伝わせて」
「鈴凛がタダ働きとは珍しい」
「怒るよ」
「はいはい、じゃあ鈴凛は風呂場の掃除を頼むよ」
「は〜い」
「兄さん、鈴凛ちゃんって面白いね」
「面白くないよ…今までに同じような手口で何度お金を騙し取られた事か」
「ふふっ…兄さんも面白い」
「面白くないよ…」
三人での掃除は早く終わり、部屋もすっかり綺麗になった。
「2人ともありがとう。お陰ですぐに済んじゃったよ」
「アニキ、感謝してよ。こんなに親切な妹は他には居ないよ」
「でも何にも出ないぞ」
「うっ…」
「じゃあ兄さん、亞里亞ちゃんの家に行こうよ。もうみんなまってるはずだよ」
大晦日の夜は亞里亞の邸宅で過ごし、新年を祝う予定になっていた。
「いらっしゃいませ、兄や」
「お邪魔します」
「遅かったねお兄ちゃま」
「うん、葵と鈴凛とで部屋の掃除してたからね」
「兄君さま、ワタクシに申して下されば『いざ鎌倉』と駆けつけましたのに…」
「春歌ちゃん『カマクラバクフ』知ってるデスカ!?兄チャマは四葉のこと全然連れてってくれなかったのに、春歌ちゃんは連れてったんデスネ!ずるいデス、ひどいデス、ひいきデス〜!!」
「ああ、もう…」
鎌倉幕府を説明してあげるのにこれだけ時間のかかった人間も珍しいだろう。
今、兄は女性と2人きりでいる。妹ではなく、じいやさん。13人は大好きな兄のために今晩の料理を作っているところ。
「最近亞里亞は良い子にしてますか?」
「ええ。葵ちゃんのお陰もありまして」
「葵?」
「はい。兄上様が来ていただけなかった日に、他の妹さんを誘って亞里亞様をお訪ねになったのです」
「へぇ」
「だだをこねる亞里亞様を優しくなだめて下さったんですよ」
きっとまだここに来て間もない葵は、少しでもみんなとの距離を縮めようと努力をしているんだろう。
さっき鈴凛を誘って僕を訪ねてきたのも、その1つなんだろう。兄の頬が思わず上がる。
じいやさんは、良い子ですね、と付け加えた。
同日深夜
「くー」
「すー」
「亞里亞と雛子は寝ちゃったか」
「うう…ん」
「花穂も限界かな?」
「そんなこと…ないもん……起きてるもん…」
「あ、もうすぐですよ」
可憐の声に反応して、みんなが大時計に目を向ける。何も変わらないのに、全てが一新される瞬間を待ち構える。
………
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、
『あけましておめでとうございま〜す』
14人で迎えた新年の始まり。年は変わっても、何も変わる事は無い。ずっと………
2月10日
「ねぇ、やっぱりみんな兄さんにチョコあげるんだよね?」
「もちろんそうよ。みんなお兄様の事慕ってるもん。葵ちゃんもあげるんでしょ?」
「あ、そう言えば前は中国にいたんでしょ?中国にバレンタインってあるの?」
「う〜ん…私の住んでる所には無かったけど、でもそう言うのがあるってことはお母さんから聞いてた」
「バレンタインでは……チョコに…呪いをかけて……相手に贈るのが主流なんだよ…」
「え、そうなの?」
「変な嘘教えないの!普通のチョコを贈ればいいのよ」
葵は今まで中国に住んでいたために日本の慣習に関して詳しくはなかったが、一応の知識はあった。
みんなの話に付いていけるよう、あらかじめ知っておこうとでも思ったのかも知れない。
2月14日
「兄さん。はい、あげる」
「あ、ありがとう」
葵が兄に紙袋を渡す。その中には綺麗に包装されたチョコレート。
「あれ、何これ?」
袋の中にもう一つ何かが入っているのに気付く。
がさがさ
「あ、ロケットだ」
「それも兄さんにプレゼント。私がお母さんから貰ったものなんだけどね」
「そんな大切な物貰って良いの?」
「うん。『あなたにとって大切な人の写真を入れなさい』って言われたけど………兄さんにとって大切な人の写真を入れて欲しいの」
「え、でも…本当に良いのかな?」
ためらいがあった。そんな大切な品を貰ってしまって良いのか。
お母さんがせっかく葵にあげた物なのに。しかし、
「お願い…」
葵の言葉に圧倒された。何か物凄い意思が葵にはあった。兄はその気持ちを自分なりに理解し、受け取る事にした。
「ありがとう。じゃあ、大切にするよ」
「でも、兄さんが優しい人で良かった…私の思った通りの人だった」
「何を今更言ってるんだ」
恥ずかしかったけど、嬉しかった。
「兄さんなんか嫌い!」
なんて言われた日には恐らく寝込んで引きこもりになってしまう事だろう。
「あ、兄さん……もう少し一緒に居てもいいかな」
「構わないよ」
ちょっと恥ずかしそうにする葵の頭に手のひらを置いた。
3月2日
「へぇ、雛祭りやるんだ」
「うん。お兄ちゃまに会えるからとっても楽しみだよ」
「ワタクシたち妹が全員集まる、数少ない特別な日ですわ」
「そっか。こんなたくさんの人が一度に集まるとなると何か無いとね」
妹達が楽しく会話をしている頃、自宅で1人物思いにふけっている者がいた。
「ふ……」
千影のその時の笑みは何故か哀しさを含んでいた。
3月3日
予定通り妹みんなが集まった雛祭り。
はしゃぎすぎて転ぶ花穂。
それ以上にはしゃぐ四葉。
どこに行っても兄にお小遣いをせびる鈴凛。
雛祭りケーキを一口落として半べそをかく亞里亞。
それを慰める春歌。
静かにみんなの様子を見て微笑む鞠絵。
いつもの、妹達からあふれる楽しい光景。そこには葵の姿ももちろんある。
「兄さん、いつまでもこんなのが続くといいね」
葵はまだ日本に来て間もない。だからこそこんな言葉が自然に出たのだろう。
君はここには居てはいけない
小さいはずの声に全員が反応した。視線の先には葵と千影。
「どうして…」
「いつまで……隠しているつもりだい…」
葵の表情が強張る。
「千影、なんでそんなこと…」
「葵ちゃんは……ここには居ない存在…居てはいけないんだ……」
「それって…」
「・・・もう……既に……」
この世には存在すべきではない。
千影の無言の奥に見え隠れしている、1番大切で、とても悲しい言葉。
「もう…これ以上嘘を重ねるのも……辛いだろう…」
「………」
「帰るべき場所に……戻った方が…葵ちゃんのためでもある…」
ぐっと唇をかみ締めていた葵がしばらくして、重く閉ざされた扉をゆっくりと開ける。
「だって……私だって…妹だもん……」
葵が語り始める。
「私の乗ってた日本に来るための飛行機が墜ちたの。でも、どうしても兄さんの顔が見たくて、ここまで来たの。
最初は…遠くでぼんやりみんなの事見てた……すごく楽しそうで羨ましかった」
沈黙。長かったのか短かったのかはっきりしないうちに、葵自らが声を荒らげその沈黙を破る。
「みんなが憎かったのよ!私だけ遠くで、みんなの幸せを見てるだけしか出来ないなんて悔しかったの!
同じ境遇にあるはずだったのに…何で私だけ独りなのって……私は神でも天使でもないもん!
ただの、普通の、みんなと同じ、兄さんの妹…なのに、私はここに居ちゃいけないなんて、そんなの私には耐えられなかったの!
みんなだって、今から二度と兄さんに会えないなんて事になったら少しでも我慢できる?私は長い間、見てるだけだったんだよ・・・」
ぽろぽろと涙。頬を伝って悲しみと辛さを雫に変えて流している。体の力までも流してしまったかのように、その場に座り込んでしまった。
「気持ちは分かる……でも、これ以上はもうだめだ……このままじゃ…葵ちゃんの御霊自体が無くなって…
誰しもが君の事を忘れてしまう…存在していた事そのものが…否定されてしまう……だから…あるべき場所に帰った方が良い……
その方が葵ちゃんのためでもあって…兄くんのためでもあるんだよ…」
うずくまっていた葵が静かに立ち上がり、うつむいたままゆっくり言葉を紡ぎ出した。
「そう…だよね。こんな死んじゃったような人がそばに居たら、兄さんも気持ち悪いもんね。ごめんなさい…」
「葵…」
うつむいていた葵が、兄の顔を、目を、強く、弱く見つめる。
「私、帰るね。でも…私はいつまでも……兄さんの妹だからね…忘れちゃ嫌だよ!」
「うん。当たり前だよ。忘れたりなんかしないよ」
「ありがとう…やっぱり兄さん、優しいね……」
気が付くと目の前には誰も居なくなっていた。今まで見ていたのは長い夢だったのか。
さっきここで涙を流しながら一生懸命に微笑んでいた子は、幻覚か何かだったのか。
その疑問に否定を投げかけたのは、床に残されたあの子の涙の痕だった。
今、僕の机の引出しには一つのロケットが閉まってある。
「大切な人の写真を入れて欲しい」。ロケットをくれた人にそう言われたから、大切な人の写真を入れた。葵と言う、僕の妹の写真。ただ一度、雛祭りの日に妹達と14人で撮った写真だった。
ロケットの中で葵は何の曇りも無く笑っている。
ありがとう兄さん、大好きだよ
兄の耳元で、葵の優しい声がした。
<迷水さんによるあとがき>
今回書いた作品は今までのとは違って、本来のシスプリの設定よりも若干はみ出しているものだったんで、受け入れてもらえるのか、正直心配なのですが、でもこの作品は自分が始めて書いたシリアスストーリー(ギャグはもっと前からですが…)と言うこともあって思い切って公表したわけです。
約一年前の作品なので、当時のものより表現や話の内容にも違いがありますが、でも中核をなしている物は同じです。例えばロケットを渡す話がありますが、始めてシスプリをやって、可憐との非血縁エンドを迎えた時には
「かぶったぁぁぁ!!」
と、かなりショックでしたよ…ι
で、こんなストーリーを何で一年も前に書いていたかと言うと、某シスプリのサイトで知り合った方にこのストーリーを書いて送ってあげた事があるんです。その人にも大変好評でしたので、もっと多くの人にも読んでもらいたいと思いました。