「亞里亞様っ!」

「……くすん…」

「ぁぁ〜」

ここの邸宅に住む主人とため息をつくメイド。

「じいや……嫌い」

「亞里亞様ぁ…」

じいやと呼ばれるメイドが情けなく悲鳴をあげる。



「本当に困ってしまいますわ…」

「そうですか」

「どうしたら良いのでしょう」

メイド…じいやさんは亞里亞の素行に困り果て亞里亞の兄に相談する事にした。

「亞里亞様は時として理解の出来ないような言動をしますし、わがままはつきませんし…」

兄にも良く分かっていた。亞里亞には常人には理解の出来ない幻想的な発言が多い。

常人であるじいやさんが悩んでしまうのも無理は無いと言うもの。しかし、兄には亞里亞の心に察するものがあった。

「そりゃあ、亞里亞は不思議な子だなって思う事はありますけど…でも、小さい子って誰でも頭の中でしか存在しない世界を持ってるんですよ。
じいやさんも小さかった時に、色々思い描いてたりしてませんでした?」

「それはそうですけれど…」

「それは亞里亞も同じなんですよ。ただ、亞里亞が他の子達と違うのはその世界が表に出ちゃうんですよ。でもそれだけの事なんですよ。
だから僕は亞里亞のそんな夢を大事にしてあげたいって思うんですよ」

「ああ…」

吐息のような感嘆の声。自分が幼かった頃の儚い幻想。想いを馳せた自分ただ一人の世界。

亞里亞の行いは自分の過去と変わりない。

「とは言っても、やっぱり困っちゃう時も有りますけどね。それでもそうやって思ってれば少しは違うと思いますよ」

「そうですね…考え方一つでどのようにも変わりますわね。目から鱗が落ちるような思いです」



「あ、兄や」

2人の目が声のする方向に向けられる。そこには亞里亞が居た。大好きな兄と目が合い、明るく微笑む。

「亞里亞、今日は兄やのお家に行きたいな」

「いけません、兄上様にご迷惑ですよ」

「兄や、そうなの?」

「そんな事無いよ。じゃあ、付いておいで」

「よいのですか?」

「大丈夫ですよ」

そう言って二人は大きな館をあとにした。



「兄やのお家ってとっても小さいのね」

「うん。亞里亞が住んでるお家とは全然違うね」

「だったら、兄やも亞里亞のお家で一緒に暮らそ」

「気持ちは嬉しいけど、僕は独りでいた方がいいから。でも亞里亞のお家にはまた遊びに行くよ」

「ホント?亞里亞、とっても嬉しい。じゃあ、またお馬さんしてね」

「う、うん…するよ…」



亞里亞との話をしているうちに日が暮れてきた。そろそろ亞里亞を返してあげないと、と思った頃、

ザァー

「あ、雨…」

「じゃあ、傘さして帰ろうね」

「うん」

兄が傘を広げた。大きな大きな傘。

「兄やの傘、とっても大きいのね」

「さ、濡れるといけないから中に入って」

「うん」

大きい、黒色の傘に包み込まれるようにしながら二人が歩く。雨によって鮮やかに色取られた道の中を。

「亞里亞ね、雨の日はお外で遊べないから嫌いだったんだけど、兄やと一緒の傘でお散歩できたら、雨の日も大好き」

亞里亞が顔を上げる先には、雲で覆われた空ではなく、傘で区切られた小さな空。

そして、その下にいる兄の顔。傘の中。それが今の亞里亞にとっての全世界。

「兄や、また亞里亞と一緒に傘をさしてお散歩しようね」

「うん」

「兄やの傘、大好き…」

穏やかで静かな雨が地面を打ち続ける。何も特別な事など無い、雨の降りしきる夕方の一コマ…


<コメント>
何気ない日常を描いた作品。普段からインパクトのある話を書いていた迷水さんですが、
たまにはこういう話も良いかも。


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