手と手の絆
「どうして出来ないの!?こんなの基礎中の基礎よ!」
「は、はい…」
「ちゃんと明日までには出来るようにしてきて」
「分かりました」
花穂。一番の頑張りやだけど、一番………ドジ。チアの練習にもなかなか付いていけないようだ。
「あんたさぁ、やめちゃえば?」
「そうよ、どうせいつまで経っても出来そうにないし」
クラスや部活動の中にはこんな意地悪なことを言う人間が一人二人はいるものだ。花穂はその標的にされていた。
「いい加減諦めたら?その方が怒られずにも済むしね」
無言。花穂は無言を貫き通した。
翌日。
通学中の兄が花穂の後姿をとらえる。
「お〜い、花穂ぉ」
花穂が元気な顔をこちらに振り向かせ、
「おはよう、お兄ちゃま」
と、言うはずだった。
「あ…おはよ……」
一目見て分かる。寝不足だ。
「か、花穂…夜更かしでもしてたのか?」
「……うん」
返事も1テンポ遅かった。
その日の昼休み、兄は朝の花穂が心配になって、チアの部活が行われているグランドに向かった。
だが、そこに花穂はいなかった。いや、花穂だけがいなかったと言った方が良いのかもしれない。
「まったく、あの子は何してるのよ!誰か知らない?」
兄は急いで花穂の教室へと走った。たまたま、花穂の教室から一人の女の子が出てきたので訪ねてみると、
「ああ、花穂ちゃん、寝てますよ」
「寝てる…」
「はい」
「中に入って良いかな?」
「あ、どうぞ」
「花穂、起きろ」
「ふぁ…あ、あ、おおおお兄ちゃま!?」
「部活、あるんだろ?」
「あああああ!!」
花穂の足が普段より速かったように見えた。
その日の帰り道。
「だめだぞ、起きれないほど夜更かししてちゃ」
「う、うん…」
「遅くまで何してたんだ?」
「チアの練習。早くみんなに追いついて、レギュラーになって、お兄ちゃまのこと応援できるようになりたかったから」
「………」
「一生懸命練習してたら時間のこと忘れちゃって、気付いたら4時になってたの。でも頑張ったお陰で、バトンね、クルッて回せるようになったんだよ」
そう言いながらバトンを取り出し、実演して見せてくれる。
「ね♪」
「うん、出来てる」
「でしょ!……でも、まだ出来ないこといーっぱいあるんだけどね…」
「頑張れば、今のバトンみたいに出来るようになるよ」
「うん!花穂、頑張るよ」
疲れてはいたが、綺麗な顔だった。
日差しの強くなった七月の中旬。花穂が部活を終え、部室に向かう様子を目の当たりにした。
一緒に帰ろうと花穂を追いかける。
「花穂、あんたいい加減部活止めなよ!」
「これ以上いられると、私達も迷惑するの。ぜんぜん練習はかどらないし」
部室から聞こえる声が兄にも伝わった。
「酷い言い方する奴だな!」
兄は一言申そうと部室の扉に強く一歩踏み出す。その時、
「止めないもん」
花穂の声。
「絶対止めないもん」
「な、何でよ?」
「応援したい人がいるから。それだけだよ!」
今までに聴いたことの無い、花穂の荒々しい声。
「それ、あんたの事情でしょ?迷惑だから止めなって言ってるの!分かる?」
「迷惑になってても止めないもん!迷惑にならないようにするもん!」
いつもに無く激しい口調だったためか、女の子達はたじろいだようだ。
「あ、そう。どのみち、近いうちに先輩や先生から止めなって言われるに決まってるんだから」
「そんなこと絶対無いもん!!」
その言葉に一番驚いたのは、
(ビックリしたぁ…)
兄だった。
「花穂…」
それを聞いた兄の足はさっき踏み出した方向と逆の方へ進みだしていた。
「最近頑張ってるなあ」
「うんっ!早く上手になりたいから」
あの日以来、ただでさえ練習の虫だった花穂がさらに練習時間を増やした。どうやったらそんなに時間が作れるのか、不思議だった。
「この夏休みが終わったら、すぐに体育祭があるでしょ。その時までにレギュラーになって、お兄ちゃまのこと応援するんだぁ。
最近は先輩達にも『レギュラーになれるかもよ』って言ってもらえるくらいになったんだから」
「そりゃすごい!じゃ、期待してるよ、体育祭」
「うん、期待してて」
そんな夏休みのある暑い日、兄は妹達と川原で遊んでいた。たまにはみんなで遊ぼうと兄が計画した物だった。
バーベキューをしつつ、楽しく話などして楽しんでいた。
「今日はホントに幸せですの!こうしてにいさまに姫特製のバーベキューを食べてもらえるなんて…」
「おにいたまといっぱい遊べて、ヒナもすっごい嬉しい!」
「そう言ってもらえると、企画したかいがあったよ」
幸せな、そんな時、ふと風が吹く。思ったより強かったその風が花穂の麦藁帽子を飛ばしてしまう。
いたずらめかしくちょっとした岩場の方へと流されていく。
「あ…」
そう一言だけ言って花穂が帽子を追いかける。
「気をつけろよ。足元危ないから」
「うん」
帽子を取りに、花穂が岩の陰に隠れてしまう。
しばらくして、悲鳴。
花穂の足は病院の一室で吊られていた。
「花穂…」
「お兄ちゃま…やっぱり花穂、ドジだね」
「………」
「せっかく、レギュラーまであと少しだったのに…お兄ちゃまも疲れちゃうでしょ?もう、花穂のこと見捨てちゃっていいよ」
力の無い声と共に顔を壁に向ける。肩は震えていた。そんな花穂の横顔に、ふわりと手を置く。
「やだ」
「………」
「絶対見捨ててやんないからな」
「…お兄ちゃま」
「そんなに焦らなくていいから、ゆっくりでいいから、お兄ちゃまは待ってるから」
指にかかっている髪をクシャクシャしてやる。
「元気出して。今度は…マラソン大会だっけ?その時までに頑張ってレギュラーになれればいいじゃん!」
「……うん」
手の上にもう一つ、小さな手が重なる。その手は花穂の思いを背負い、そしてその思いを兄へと伝えていく。
ありがとう、花穂、絶対頑張るよ!
止まらない涙、成分は同じでも、意味はさっきとは違うのだろう。
僕は、花穂を元気付けた後病室を出た。
「あっ…」
「君はたしか…花穂の(鬼)先輩…」
「竜崎です、花穂さんは?」
「あっ、うん、大丈夫だよ、もしかして…花穂のこと心配して来てくれたのかな?」
「えっ、いえ、そんなっ、私は先輩として」
「ありがとう、花穂も喜ぶよ」
そういって、僕は照れているその娘の言葉を切る。
「……」
少し沈黙した彼女がきつい口調で口を開く。
「随分明るいですね」
?
「あのこ、あなたを応援していたくて、いろいろ頑張って…私は応援したいけど…」
「あの…それってどういう…」
今度は彼女が僕の言葉を切る。
「わからないんですか!!あのこ、何にも感じてないはずないのに、今回のけが、あなたが花穂さんをしっかり見ていてあげてれば…」
そこまでいって、彼女は持ってきた花を僕に渡すと走り去っていった。
花穂はこの声が聞こえたらしく病室から信頼しきった声で兄を呼ぶ。
その声が…たまらなく痛い…
「先輩からだよ、竜崎さんから」
僕は、精一杯の笑顔を妹に作る。
「えっ、来てくれたんだ!」と花穂は驚いた。
この状況は針のムシロだ。
「どうしたのお兄ちゃま?」
「ん、いや、何でも…」
まともな事を言えなかった。今彼の頭の中はあの時の、川原での出来事がめぐっていた。
結局、部屋に竜崎の花を飾ってその場を後にした。どうして自分が帽子を取りに行かなかったのか。
「取りに行ってあげるよ」
「え、有難うお兄ちゃま」
いつもならこうなってたはずなのに、あの時、何故かいつもの言葉が不思議と出てこなかった。代わりに出たのが
「気を付けて」。
兄の心には「気を付けて」の言葉が後悔の呪文として強く焼き付けられていた。
コンコン
「花穂ちゃん?」
「あ、竜崎先輩」
「どう、具合は」
「随分良くなりました」
「そう。早く部活に出てきなさいよ」
「はい、来年のマラソン大会にはレギュラーになれるように頑張ります」
「あなたがデビューするのはマラソン大会じゃないわよ」
「え?」
竜崎が一枚の紙を花穂に渡す。そこには『秋季・球技大会』とあった。
「10月末にあるんだけど、目玉種目の男子ソフトボールの決勝で私達がチアをすることになってるの。それまでに間に合ったら、そこでデビューよ」
「ほ、ほんとですか?」
「けが人にそんな残酷な嘘はつきません」
少し怒ったような口調だった。しかし頬は笑いで膨らんでいた。
「はい、絶対治します!」
「へぇ、ソフトの決勝か。よし、出るぞ。決勝に行って花穂に応援してもらっちゃうぞ」
「ホント?じゃあ花穂も早くけが治さないとね」
「そうだね、でも無理はしちゃダメだからね」
「うん、アリガト、お兄ちゃま…」
兄も花穂も、心の中に残っていたしがらみが解けたようだった。
「頑張って応援したら、お兄ちゃまのチームが優勝できるかな」
「絶対優勝できるよ。そんな気がする」
「えへへ…まだ応援してないのに何だか嬉しくなっちゃった」
花穂はもう10月末の自分の姿を頭に描いていた。
そして、球技大会の日。約束通り兄は決勝に進んだ。花穂はただ一人の為に、いつも見ていてくれた兄の為に、力一杯の応援をした。
「お兄ちゃま、花穂の応援どうだった?」
「うん、すっごく良かった。嬉しかったよ。花穂の応援が無かったらあそこまで頑張れなかったよ」
「そんな事ないよ。お兄ちゃますっごい頑張ってたよ」
「そうかな。でも、花穂も頑張り過ぎだぞ」
「え?どうして?」
「足、無理してるでしょ?」
「な、何で分かっちゃったの!?」
「何年花穂のお兄ちゃまやってると思ってんだ。頑張ってくれるのは嬉しいけど、無理してまた怪我されたら…」
「…ごめんなさい。本当はまだ運動はしちゃいけないんだけど、でも、でもどうしてもお兄ちゃまの応援がしたかったから。早くお兄ちゃまに喜んでもらいたかったら」
「花穂…じゃ、これからはゆっくり休もうな」
「うん…」
ポツリと見える人影。遠目に見ると一人しかいないように見えた。
<コメント>
途中から00510さんが続きを書いてくれたのですが、何とも後味の悪い終わり方でしたので、
迷水さんがまた続編を書いてくださいました。さすが、話の持って行き方が上手いですね!