I Want You


恋は盲目。

よくそんな言葉を耳にするが、今深夜の道をたった一人で歩いている少女もその盲目になった一人。少女は思いを寄せている人の許へ。



ピンポーン

「こんな時間に誰だろう?」

インターホンの鳴った家の主が玄関のドアを開ける。

「お兄ちゃん…」

「可憐!?どうしたんだよ?」

「どうしても来たくなっちゃって。やっぱり迷惑ですか?」

「そんな事はいないけど、ただこんな夜遅くだったからビックリして…取り敢えず中に入りなよ」

「うん」



少女を盲目にさせた0男は少女の兄だった。

少女は道ならぬ恋と知りつつも、その思いを断つ術を知らない。



兄は可憐にコップ一杯の麦茶を出す。

「ごめんな、こんなのしかなくて」

「ううん。ありがとう、お兄ちゃん」

「来てくれるのは嬉しいけど、こんな遅い時間に一人で歩いてちゃ危ないぞ」

「はい、これからは気をつけます」

その日は兄が家まで可憐を送った。しかし、これで少女の思いが終わろうはずはなかった。

また次の日も夜道を一人で歩き、兄の家に向かう。

またの次の日も、そのまた次の日も、その繰り返しが毎日続いた。

可憐は盲目である。兄と、兄へと続く道以外は何も見えていない。



「可憐、いい加減お兄ちゃんの家に行くのは止めなさい」

「どうして、お母さん!」

「お兄ちゃんは何も言わないかもしれないけど、きっと迷惑してるはずよ。

こんな遅い時間に出かけるのは止めた方がいいわ。それに、ピアノの発表会も近いでしょ。

体調を崩さないためにも今日はもう寝なさい」

「いや!お兄ちゃんの所に行く!」



「可憐、今日も来たのか」

「うん。お母さんには止められちゃったけど」

「止められた?」

下を向きながら答える。

「お兄ちゃんに迷惑だし、ピアノの発表会も近いからって」

「今日はもう帰った方がいいんじゃないか?」

「え?」

「お母さんを心配させてちゃダメだよ。送っていくから」

「いや。もっと居たい」

「お母さんの気持ちにもなってあげなきゃ」

可憐の中で何かが大きく揺れ動いた。その振動が自分の内にある、大切な物を崩す。

まして大切な人からそのような仕打ちを受けるなど、可憐には何物よりも耐えがたいことだった。

気付くと大きな声で怒鳴り散らしていた。

「どうして!どうしてお母さんの気持ちを分かってあげようとするのに、可憐の気持ちは全然考えてくれないの?」

可憐は家の玄関を飛び出していた。そこに残ったのは重圧のような雰囲気と、可憐の落とした涙の跡だった。

「可憐……そうだ、探さなきゃ。どうせ家には帰ってないだろうし」

重圧を撥ね退け、兄の足は夜の世界へ踏み入れた。しばらくして、泣きながらとぼとぼと歩いている可憐を見つける。

「可憐!」

呼ばれてその名の少女がこちらを振り向く。ただし無言で。

「可憐。ごめん…可憐の気持ちを考えること忘れてた」

そう言われて初めて、可憐は我に返る。

「可憐こそごめんなさい。可憐はお兄ちゃんの気持ちを考えることを忘れてた。可憐は自分の気持ちばっかり考えてたの。ごめんなさい」

兄が首を横に振る。

「可憐、今日は僕の家に泊まっていきなよ。帰るのも気まずいだろうから」

「ありがとう…」

盲目は時として人に感染するようだ。

「お兄ちゃん、今度の日曜日にピアノの発表会があるんだけど、来てくれるよね」

「そりゃ行くよ」

「よかった…可憐が弾く曲はお兄ちゃんに捧げる曲です」

「な、何それ?」

「とにかく、見に来てね」

その週の日曜、約束通りに兄は可憐の発表会を見学に来た。

そして可憐の番が回ってくる。可憐の指から導かれる音色が、素直に兄の中に入っていく。

心地よいはずなのに、何故か胸の締め付けられる感覚を覚える。

しかし決して嫌な物ではなく、兄はその感覚を楽しんでさえいた。



「可憐、良かったよ」

「本当?」

「うん」

「前にも言ったけど、あの曲はお兄ちゃんの為に弾いたんだけど…分かる?」

「分かってるよ」

「じゃあ、お兄ちゃんの答えが欲しいな」

兄は何も言わず、その手で可憐の小さな体を自分の下に引き寄せた。

恋は盲目。二人は道ならぬ恋と知りつつも、その思いを断つ術を知らない。



『おまえが欲しい』。少女が弾いていた曲の名である。


<コメント>
JE TE VEUX (お前が欲しい)、エリック・サティの曲ですね。
この曲聞くと酒が飲みたくなるのは美月だけでしょうか?
とりあえずジン・トニック。…飲んだ事無いけど。


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