犬耳千影


「やあ…兄くん」

「ち、千影…なんだその頭!?」

僕の妹・千影は他の女の子とは少し違っていた。魔術書を読んだり、不思議な実験をしたり。

でも、この時の千影はその普段よりも変だった。

「ふふ………似合ってると思うかい…?」

「ん〜、そうだなぁ、悪くは無いけど、それで街中を歩くとなるとちょっと…」

千影の頭にあったもの、それは犬の耳だった。どうしてそんな物をつけていたか、その時に分かるはずはなく、適当に答えるしかなかった。

「どうしてそんな耳を?」

「どうしてだと思う……?」

「分かりません」

分からないから聞いていると言うのに、妹は僕の問いを無視して逆に質問してきた。

別にいつもの事だから、随分慣れてしまったけれど。



「おにいたま〜」

「あ、雛子」

「今日ね、学校でね、夏休みの工作を先生に誉められちゃった♪クシシ」

「そっか、良かったね」

「うんっ」

「ところでさ、千影の頭、どう思う?」

「千影ちゃんの頭?う〜んと…え〜っと……いつもと一緒」

「え?一緒?」

「うん、一緒だよ」

「そうか…」

同じ。つまり、千影の頭の異変は、自分にしか見えていなかったと言う事。

「兄くん…実は兄くんと……じっくりと話がしたいんだ」

「それは二人っきりでって事?」

「いや…三人で……"人"は…少し語弊があるかもしれないけれどね…」

始めは何を言っているのかがよく分からなかった。でも、三"人"じゃない。その事に何となく察しがついた。



僕は千影を自分の家に招き入れた。

「で、話って何?」

「分かっているとは思うけど……この…」

千影が頭の耳を、その細く、美しく整った、白い指で差す。

「犬の耳の話を……しようと思ってね…」

千影の手が下りる。それからわずかな間を置いて、再び口を開く千影。

「この耳の主は……兄くんに言いたい事が…あるみたいなんだ」

「僕に言いたい事?」

「ああ……私の体を介して…何かを伝えたい、との事だ…」

千影の唇がわずかに開く。

「実は、私は貴方に恨みが…あぐっ」

「あぐっ?」

思いもよらない言葉が千影から発せられた。

「今のは…冗談だ……言おうとしたら…犬くんに口を止められた…『伝えたいのはそんな事じゃない』だそうだ…」

「そ、そうか…」

間抜けな千影を見たのは初めてのような気がする。

あぐっ…一生忘れられないだろう。

「では…気を取り直して」

「おう」

今度は千影の声とは違う声が聞こえた。まるで誰かが千影の口に合わせて話しているような。でも声は千影の喉から生まれていた。

「僕はあなたにお礼が言いたくて、このようなお願いを千影さんにしたんです。あなたは僕を助けてくれたんです」

助けた・・・

そんな覚えは無かった。車に引かれそうな犬を救った事も無ければ、おぼれかけの犬を助けた事も無い。

何がどうして「助けた」となって、今こうなっているのかが見当がつかないまま、話に耳を傾けつづけた。

「もう、あなたは忘れてしまっているかもしれませんが、僕は昔、ご主人に捨てられ、近くの公園の隅に捨てられていたんです。
でも誰も気付いてくれなくて、独りぼっちでした。何か気が朦朧とし始めた頃、あなたが僕の前にいたんです。」

思い出した。そう言えばもう何年も前、公園の外れに一匹の犬がぽつんといた。

2,3日の間だけど、一緒に遊んだ記憶が頭の奥底からわずかにのぞいていた。もう埋もれてしまいそうな、小さな記憶。

「パンをくれました。お水もくれました。遊んでくれました。それが嬉しかった…それからすぐ、違う人が僕のことを拾ってくれたんです」

そうだ、2,3日した後、居なくなっていた。どこに行ったのかと随分探したけれど、見つからなかった。

きっと誰かに拾われたんだろうと思って自分で納得していた。思ったとおりだったのが何か安心した。

「あの時、あなたがいてくれたお陰で、僕は犬としての長寿をまっとうできました。拾ってくださったご主人さまはもちろんですが、あなたのことも」



「そう言うことだそうだ…」

「でも、自分は完全に忘れてたよ。それにあんなに感謝されるなんて…」

「本当の優しさは……それを与えた者にとっては微々たる物…優しさでも何でもないかもしれない………でも、与えられた者にしてみれば…破格の価値であったりするものだよ…」

「そうかも知れないね…」

千影の頭はいつもの頭に戻っていた。


<コメント>
確か俺がチャットかなんかでリクエストしたもの。タイトルからしてギャグっぽい話と思いきや、
実は心温まるお話。「あぐっ!」懐かしすぎてこのページ作ってるときプッと笑ってしまった。


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